自分と向き合うと独り言が多くなる

自分と向き合うと独り言が多くなる

シャドーや自分の感情と向き合い始めると、独り言が多くなるように思う。

今は、心の中だけの対話も集中して出来るようになったけど、以前はよく独り言を言ってた。

 

何かの折に湧き上がってくる感情に対して「何故だ!!」と半ば叫ぶように言ったりしていた。

それが電車の中であれ、一人で居るときであれ、割に人目も気にせずに所かまわずやっていたものだ。

周囲から変な目で見られることもあったけど、必死に向き合っていると気にならない。

イライラやモヤモヤは当然のようにあり、自分の中を必死に探した。

霧が晴れる直前は、決まって爆発寸前か、爆発したか・・・。

およそは、「怒り」だった気がする。

時々、「とてつもない悲しみ」や「去られる寂しさ」。

社会のあり様を嘆いている自分。

環境のせいにして逃げ出そうとしている自分。

分かってもらえない寂しさを押し殺している自分。

分かってあげられない不甲斐ない自分。

訳わからないプライドを必死に握っている自分。

誰かを許せなくて怒りに震える自分。

これらを解っているのに、自分を許せないもどかしさ。

他にもたくさんの葛藤があったけど、その都度見えない何かに文句を言い続けていたりした。

時には神様、時には仏様・・・。

やり場のないとき、見えない存在に吐き出しまくっていた。

独り言の文句を言い続けながら、神棚を破壊していた自分。

「何故だ!!」と叫びながら。

不思議なことに、独り言は徐々に落ち着いてきて、言いなだめるようになったり。

まるで自分の中に二人の自分が混在しているかのようだった。

そうしているうちに、問題であるだろう事の輪郭がはっきり見えてくる。

小さいときの自分。

〇両親に分かってもらえず、泣いてる自分。

〇兄弟に対する嫉妬。

〇大人との隔たり

〇そう思っていたことを覆され、理不尽に思っている自分。

前世の記憶。

〇信じていたものからの裏切り。

〇最愛の人との理不尽な別れ。

〇真実を覆され、都合のいい解釈を真実とする社会。

〇人の本質を歪めてしまう権力に対する抵抗

そんなことが見えてきたりした。

今の目線から、その出来事を思い出してみると、大人側の視点と子供の視点の感覚的ズレが生じていたりした。

今でも社会風潮が変わらずにいることの実感。

本質と都合のよい解釈。

本音と建前・・・。

 

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輪郭が見えてくると、自分への問いかけが始まる。

「それで、どうしたいのか」

こうしたい、ああしたいが出てくるけど、行動に移すには確信が欲しい。

だが、この段階では確信は何もない。

だから、実践して検証していくしかないのだ。

 

最後は決まって、

「やるしかないんだな・・・」

そう自分に言い聞かせて、行動に移す覚悟を自分に問う。

 

必死にもがいて、抵抗して、挫けて、落ち込んで。

また立ち上がって、前を向いて歩き始める。

「七転び八起き」と達磨が説いたのは、こういう事だったのかもしれない。