お年玉

面白かった、今日一日。

朝起きて、すぐに義父からの電話。

義父の従姉妹にあたる叔母が正月から連絡が取れないから、見に行ってくれと。。。

すぐに叔母の様子を見たけど、すこぶる元気で忙しくしている様子・・・。

まーそんなこと義父に言っても、信じやしないので、取り敢えず挨拶がてら行ってみることにした。

家人たちを叩き起こして、いざ出発。

三が日の三日目は、まだまだ空いてる東京都内。

昼前に出発したのだが、小一時間ほどで着いた。

途中、焦りながら電話をしてくる義母。

叔母の姪っ子にも連絡がついて、東京に向かっていると・・・。

なんか大事になってきた。

さてさて、玄関につきまして、ピンポーン。

「はい・・・」

当然居ますし、元気ですよねぇ。

叔母も大事になったと笑っていた。

叔母は上がってけとは言うが、姪っ子の事を伝えて、あがらずに玄関先での新年のご挨拶。

妻と玄関先で、少し話し込んでると思ったら、お年玉をもらっていた(笑)

40を超えても、叔母からしたらまだまだ子供なんだろうね。

遠慮なく頂いてきました(大笑)

帰りの車で家人たちと、今日の出来事について話しながら、遠回りしたお年玉だなぁと笑った。

後で聞いた話だけど、叔母と姪っ子、数年前に揉めてから会ってないらしく、本当に久しぶりの再会を果たしたそうで。。。

叔母も90を目前にしているし、いつあの世に逝かれるかわからんし。

姪っ子にとっても、仲直り出来てよかったなぁと思う。

ま、我々は、そのおこぼれに与ったわけだ(笑)

日常には、不思議な働きがたくさんある。

我々は、いちいち検証する癖がついているから、流れが良く見えるし、人の思いとか神様の働きとか、いろんな意味が隠れているのがわかる。

仕事柄っていうか、そういうのって大事だなと思うのです。

怒らなくていいところで意地張ったり。

弱音吐かなくていいところで、落ち込んだり。

大好きなのに、大嫌いって言ったり。

いろんな経験を通じて、人は成長するとは思いつつも、自分が出来てないとと思ってしまうわけだ。

ま、出来てないところもたーーくさんあるが、それもいいだろう。

些細なことで後悔するよりも、些細な事に感謝して生きたいと思うわけです。

偶然のようなお年玉。

必然の影があるんだよね。

さて、何に使おうかね。