すべては一時的

神との対話の中に「すべてのことは一時的なものである」とあった。

現実だけが見えている世界だとしたら、それは考えられないこと。

以前、窮地に落ちたことがあった。

時間を経てみたら、確かに一時的なものだあった。

今も蕁麻疹に悩まされているが、きっとこれも一時的なこと。

先に苦しいを味わっておけば、後は楽が待っているものだ。

この蕁麻疹には、私の前世と先祖の越えねばならない大事なカルマが隠れている。

そのヒントとは、

魂の働き

魂の始まりと終わり

魂が相対性の中に在る理由

魂の目覚め

魂の糧

魂の源

11月の終わり位から、今までは冬場に現れる寒冷性の蕁麻疹はよく出ていたが、今回は違う。

確かに、内臓の疲れは溜まっていた。

胃腸の働きを整えるようジャガイモの黒焼きを飲んだり、玄米酵母液を飲み始めたり、多めの水を飲むようにしたり・・・。

体調は、疲れやすく、気血が足りない印象なので、妻の漢方をお茶にして飲んだりと、十分に氣をつけていたのだか、治らないばかりか、酷くなるし・・・。

改めてメッセージを取り直したら、かなり深いところのトラウマとな。。。

それで年末年始は内観ですよ。

ずーっと、いつでもどこでも、解決の糸口が見えるまで。

外側からの盛り込みなどのエネルギーを出来るだけ排除し、外に出るときも、結界を張り、内観するためのエネルギーフィールドにしていたわけです。

余りにも出てこないので、夢にヒントを残せと主護たちに言い、やっと見た夢が大きなヒントとなったわけです。

4/4に社会的な事をはじめ、グループの在り方のワークをし直すメッセージとか、まー色々頂いたわけです。

今日になって、自分の中がある程度整理できたので家人たちに報告したわけですよ。

蕁麻疹は、落ち着きました。

1日限りのお酒も飲んで、めぐりが良くなったのが、ほぼ消えました。後は残ってますが・・・。

さて、明日の朝、どうなっていることでしょうかね。

余談が多くなってしまいましたが、

お金に苦しむ。

人間関係に苦しむ。

病やケガに苦しむ。

全て経験してきたが、確かに一時的なことであった。

今、厳しく苦しい状態にあったとしても、必ず道は開けると信じていいと思う。

それも、人生にとっては、一時的なものだから。

ただ、それなりの努力は必要かな・・・。

ちなみに、もう気づきだろうか。

日めくりカレンダーを入れてみました。

その日の花と花言葉(多数あるようですが)そして、神との対話365日の言葉を添えてあります。

日々の参考にしてもらえればうれしいです。

夢のお告げの加賀さんは。。

誰しも、

・気になって、記憶に残ってしまっている夢

・目覚めて、リアルな体感として残っている夢

って、ありますよね?

夢のお告げ

帯広出張から戻って、最初に見た夢が、そんな夢。

どんな夢かというと。。。

あの大女優の加賀○りこさんが登場!

夢の中の40代らしき加賀○りこさんには、20代前半の娘さんがいて、

気持ちのすれ違いばかりで、折り合いが悪くなっていた。

幼子のような感覚に憑依された私は、子供の口調で加賀さんに

「どうして(想っている相手に)嘘つくの?」

「そんなに(自分の気持ちを伝えるのが)恥ずかしいの?」

「そんなに(自分の気持ちを)隠さなきゃいけないの?」

と問いかけていた。

途端に、泣き崩れてしまった加賀さん。。。

という夢。

インパクトあって、目が覚めても、時間が経った今でも、思い出せるシーン。

夢は、眠っている間、高い意識の世界(俯瞰の世界とも言えるのか?)

飛び立った自分(魂)が降ろすスピリチュアルメッセージと言われる。

まず、自分の現状に置き換えてみた。

私は40代だけど、子どもはいない。

私は40代で、20代前半の頃の自分を思い起こしてみても、

“ああしておけば良かった”という後悔は、特にない。

う~~~ん。。。

自分に対するメッセージというより、自分の周りにいる誰かへのメッセージかなぁ

と思う。

仕事柄か、そういうことで見る夢も多い。

夢のリーディングは、SMCで日常的にやっているので、Bossのロッキーくんや、

achikoにも話をしてみた。

やっぱり、私の周りにいる誰かへのメッセージだろうという結果に。

この感じ、思い当たる方はいる?

母娘関係で悩んでる?

今の自分を若い頃の自分と比べて、落胆してる?

想っている人に素直な気持ちを伝えられなくて、苦しい?

「どうして、嘘つくの?」

「そんなに恥ずかしいの?」

「そんなに隠さなきゃいけないの?」

夢の加賀さんは、何処に。。。

お稲荷狐に叱られた!!!

母親の実家は秋田にある。

厳密には、養子だったのだが・・・。まぁ、それはさておいて。

母親が亡くなる直前に、秋田に居た祖母が死んだ。

老人のよくかかる肺炎での孤独死。

代々続いた家系もこれで終わり・・・って言う感じで、静かに幕を下ろした感じだった。

その死から数年後、私は秋田を訪れた。

子孫と言い難いけど、縁の在った祖母なので墓参りに行ったのだ。

色々と調べて行くうちに、お祀りしてある稲荷社があることが分かった。

それで、ご挨拶をしに伺ったのが始まり。

秋田から帰り、しばらくたったある日。
 

妙に体調がすぐれない。

当時、相手にしていた相談者の関わりの在る霊だとばかり思い込んだ。

この相談者の件は、多摩川での護摩焚きで解決したのだが、その後も調子が悪かった。

それで、川石に呪詛をかけ、霊と思っていたモノを呪縛し、川に投げた。

その日から、とんでもなく胃のあたりがむかつき、なんかやばい感じがしたので、知り合いの霊能者によくよく見てもらうと、

「あんた、大変なことしたね。狐さんがすんげー怒ってる!!」

え??
どして???

「狐さんが言うには、川に放り投げられたって」

あっ!!!やった!!

「なんでも秋田から来たって言ってる。霊と間違えるなんて・・・」

まじかぁぁぁぁぁ!!

なんか、とんでもないことをやらかした感、満載状態でパニック。
「とにかくあやまりなさい。」

はい・・・。

私の胃を狐さんが前足で掴んでた。

気持ち悪いわけだ。
床に頭をこすりつけ、ひたすら謝った。

ひたすら。

ほんとひたすら。

水浸しになった狐さんの身体をドライヤーで乾かし(イメージの中で)大好きだと言う、大福も用意し、意識を狐さんに合わせて、ものすごい謝った。

数日して、やっと落ち着いてくださり、狐さんとピントも会うようになった。

祖母の家に1500年も仕えてくれていた狐さんで、祖母があの世で私に託したらしい。

まじで・・・言っといてほしかったわ

それからというもの、狐さんの世界を知るためのシゴキが始まった。

階級があって、親分がいて、絶対服従のシステムであること。

田畑に限らず、保食にまつわる一切を担当している事。

縁を結んだ家には、没落または、神上がりの祈願がないと縁が切れない事。

代替わりしても、縁は自動更新であること。

貸したモノは、必ず回収すること。

祟ることはない事。

霊界とは別に世界があること。

霊界と人間界に干渉しないこと。

頼まれた時は、行き来出来る事。

家が無くなり、神上がりの祈願もされないと、野狐になって、彷徨ってしまう事。

それらに手助けもできない事。

他にもいろんな事を学んだ。

稲荷の世界は、筋道にすんげーうるさい。

筋違いな事には、手厳しい罰がある。

そういう世界だからこそ、理解がないモノは触らないし、狐に借金があるものは、没落しようが回収される。

食べモノの恨みは恐ろしいっていうが、食べモノを担当している神の使いの世界も知ってないととんでもない目にあう。

この祖母が祀っていた狐さんのおかげで、稲荷の世界をある程度理解できた。

この狐さんは、私の願いを快く引き受けてくれたし、また、狐さんの願いも快く聞いた。

稲荷の祟りの相談の時も、相当役にたった。

今でも、この狐さんには、心から感謝している。

何度も叩かれ、しごかれたけど、それはそれで楽しい時間だったな。

今は、稲荷の世界で別の仕事をしているようだが、またいつか会えるかもな。

ここで学んだ事が、後の教育界への手引きを稲荷狐さんに任せるという大仕事に繋がっていくのだ。

野に散った野狐さんたちに仕事を作る上でも、稲荷本山の狐の親分さんに話を通し、豊受大神を始めとする保食神さまたちにも話を通して、祈願が成就した。

このお陰で、全国どこに行っても、稲荷狐さんからは手厚くされている。

東北震災時の福島原発の放射能漏れで、多くの稲荷さんが消滅した。

そういう強い気に当たると、滅してしまう。

それを助ける祈願も通ったし、多くの狐さんは京都の本山へと帰還した。

稲荷さんとの関わりと絆は、割に深いと思う。

中には、稲荷さんを嫌う人もいるだろうが、浅知恵で嫌ってはならない。

食べモノを生み出す土壌を管理統括しているのは、ほかでもない稲荷さんたちだからだ。

神の使いで、ひたすらに働いてくれているのだ。

感謝が当たり前でおかしくないと思う。

お見送り

一週間ほど前、父方の祖母が亡くなった。

享年101。

 

父方・母方両方の祖父母で健在だったのは、この祖母だけだった。

数年前にみてもらった占い師さんに、

「41か42歳あたりで、身内事で変化がありますよ」

と言われていたことを思い出した。

父や母、伯父・叔母たちには大きな衝撃と変化を与えただろうし、

もちろん、私にもそれは起きた。

祖母の他界の知らせを受ける朝、体が重く、意識も朦朧として、

なかなか自分を保つことができなかった。

「なんで、こんな状態になっているんだろう?」と

自分のことながら、訳が分からず困惑していた。

そんなところへ電話が入った。

涙ぐんだ声で父が

「おふくろが亡くなった・・・」と。

あまりに突然で、驚いた。

父の動揺は少なからず伝わり、あまり長く話さず、

通夜と葬儀の予定を聞き、電話を切った。

体の異変はこれもあったのか。。。

何が起きたのかと目を向けている家人に事の次第を伝えて、ぼぉ~っとしていたら、

「お祖母ちゃんに意識を向けて、話してみろ。」と言われ、重い体を横にして、目を閉じ、

祖母に意識を向けてみた。

姿は見えないけれど、近くにいる感じがした。

そう感じたら、数年前に帰省した際、膝を怪我して入院していた祖母をお見舞いに行った時のことが脳裏に映し出された。

「あんたは寄り添ってくれる子だった。」

「あんたたちには何もしてやれなくて、ごめんね。」

という言葉が浮かんできた。

一気に涙があふれた。

その言葉で、自分でも気づかないところにあった心の閊えが降りた気がした。

幼少の頃から父方の家族の集まりを見て感じていたこと、その中での祖母の存在、いろんなことが絡んで、自分でも気づかぬうちに心のどこかに閊えができていたらしい。

ひとしきり泣いて、祖母との別れを済ませた。

駆けつけてあげることは出来なかったけど、こうやって感じ、受け取ることができたことで

私なりのお見送りができたように思っている。

気づくと、体の重みはずいぶん楽になっていた。

今も、この日の事を思い出すと涙はあふれそうになるけれど、心の閊えはもうない。

ありがとう、おばあちゃん。

そして、長い人生、お疲れさまでした。