豊かなんだなぁと思う

スーパーに行くたびに、豊かなんだなぁとつくづく思う。

私は、霊と度々対話するが、飢餓で苦しんで亡くなった方とも出くわす。

津久井湖に行った際、湖の底に沈んだ村人たち。

どこぞの山に行った際、食べるものが亡くなって集団餓死したとか。

うちの座敷童も、生前はいつもお腹を空かしていたという。

私たちは、物心ついたころから、いつも食べ物は当たり前にあった。

所狭しと陳列される野菜たち。

お弁当、お肉、惣菜・・・。

何だってほしいものは手に入る。

豊かってこういうことなんだ。

食を選ぶなんて、前記の方々にはありえないことだったろう。

折角とれたものは、街に売りに行っていたという。

そして、売れた金で米や麦、粟などに代わって、出来るだけ腹を満たすものに替えられた。

本当に豊かなんだ。

今の時代は、ライフラインも生活環境も、とても豊かなんだ。

明日の台風予想の影響で、今日のスーパーは人がごった返していた。

我先にと、買い物かごにモノを放り込んでいく。

土曜日の夕方で、家族連れが多かったのもあり、雨だったこともあり、人がすごかった。

まだまだ沢山あるモノなのに、形相もすごかった。

生きるのに必死・・・。

それとも、モノを確保するのに必死・・・。

とられやしないか・・・。

そんな気迫すら感じられた。

こんなに、モノがあるのに。

なぜそんな形相なのか。

焦らずとも、有り付けるだろう。

なぜそんなに・・・。

モノは豊かになったけど、

心は貧しくなってしまったのかな。

当たり前に感謝して、当たり前にモノがあることに感謝しようと。

お腹いっぱい食べられる喜びを噛みしめようと。

先祖たちが飢餓で亡くなっていたかもしれないことを思い出して、供養しようと。

なんか、

改めて思った。