お稲荷狐に叱られた!!!

母親の実家は秋田にある。

厳密には、養子だったのだが・・・。まぁ、それはさておいて。

母親が亡くなる直前に、秋田に居た祖母が死んだ。

老人のよくかかる肺炎での孤独死。

代々続いた家系もこれで終わり・・・って言う感じで、静かに幕を下ろした感じだった。

その死から数年後、私は秋田を訪れた。

子孫と言い難いけど、縁の在った祖母なので墓参りに行ったのだ。

色々と調べて行くうちに、お祀りしてある稲荷社があることが分かった。

それで、ご挨拶をしに伺ったのが始まり。

秋田から帰り、しばらくたったある日。
 

妙に体調がすぐれない。

当時、相手にしていた相談者の関わりの在る霊だとばかり思い込んだ。

この相談者の件は、多摩川での護摩焚きで解決したのだが、その後も調子が悪かった。

それで、川石に呪詛をかけ、霊と思っていたモノを呪縛し、川に投げた。

その日から、とんでもなく胃のあたりがむかつき、なんかやばい感じがしたので、知り合いの霊能者によくよく見てもらうと、

「あんた、大変なことしたね。狐さんがすんげー怒ってる!!」

え??
どして???

「狐さんが言うには、川に放り投げられたって」

あっ!!!やった!!

「なんでも秋田から来たって言ってる。霊と間違えるなんて・・・」

まじかぁぁぁぁぁ!!

なんか、とんでもないことをやらかした感、満載状態でパニック。
「とにかくあやまりなさい。」

はい・・・。

私の胃を狐さんが前足で掴んでた。

気持ち悪いわけだ。
床に頭をこすりつけ、ひたすら謝った。

ひたすら。

ほんとひたすら。

水浸しになった狐さんの身体をドライヤーで乾かし(イメージの中で)大好きだと言う、大福も用意し、意識を狐さんに合わせて、ものすごい謝った。

数日して、やっと落ち着いてくださり、狐さんとピントも会うようになった。

祖母の家に1500年も仕えてくれていた狐さんで、祖母があの世で私に託したらしい。

まじで・・・言っといてほしかったわ

それからというもの、狐さんの世界を知るためのシゴキが始まった。

階級があって、親分がいて、絶対服従のシステムであること。

田畑に限らず、保食にまつわる一切を担当している事。

縁を結んだ家には、没落または、神上がりの祈願がないと縁が切れない事。

代替わりしても、縁は自動更新であること。

貸したモノは、必ず回収すること。

祟ることはない事。

霊界とは別に世界があること。

霊界と人間界に干渉しないこと。

頼まれた時は、行き来出来る事。

家が無くなり、神上がりの祈願もされないと、野狐になって、彷徨ってしまう事。

それらに手助けもできない事。

他にもいろんな事を学んだ。

稲荷の世界は、筋道にすんげーうるさい。

筋違いな事には、手厳しい罰がある。

そういう世界だからこそ、理解がないモノは触らないし、狐に借金があるものは、没落しようが回収される。

食べモノの恨みは恐ろしいっていうが、食べモノを担当している神の使いの世界も知ってないととんでもない目にあう。

この祖母が祀っていた狐さんのおかげで、稲荷の世界をある程度理解できた。

この狐さんは、私の願いを快く引き受けてくれたし、また、狐さんの願いも快く聞いた。

稲荷の祟りの相談の時も、相当役にたった。

今でも、この狐さんには、心から感謝している。

何度も叩かれ、しごかれたけど、それはそれで楽しい時間だったな。

今は、稲荷の世界で別の仕事をしているようだが、またいつか会えるかもな。

ここで学んだ事が、後の教育界への手引きを稲荷狐さんに任せるという大仕事に繋がっていくのだ。

野に散った野狐さんたちに仕事を作る上でも、稲荷本山の狐の親分さんに話を通し、豊受大神を始めとする保食神さまたちにも話を通して、祈願が成就した。

このお陰で、全国どこに行っても、稲荷狐さんからは手厚くされている。

東北震災時の福島原発の放射能漏れで、多くの稲荷さんが消滅した。

そういう強い気に当たると、滅してしまう。

それを助ける祈願も通ったし、多くの狐さんは京都の本山へと帰還した。

稲荷さんとの関わりと絆は、割に深いと思う。

中には、稲荷さんを嫌う人もいるだろうが、浅知恵で嫌ってはならない。

食べモノを生み出す土壌を管理統括しているのは、ほかでもない稲荷さんたちだからだ。

神の使いで、ひたすらに働いてくれているのだ。

感謝が当たり前でおかしくないと思う。

お見送り

一週間ほど前、父方の祖母が亡くなった。

享年101。

 

父方・母方両方の祖父母で健在だったのは、この祖母だけだった。

数年前にみてもらった占い師さんに、

「41か42歳あたりで、身内事で変化がありますよ」

と言われていたことを思い出した。

父や母、伯父・叔母たちには大きな衝撃と変化を与えただろうし、

もちろん、私にもそれは起きた。

祖母の他界の知らせを受ける朝、体が重く、意識も朦朧として、

なかなか自分を保つことができなかった。

「なんで、こんな状態になっているんだろう?」と

自分のことながら、訳が分からず困惑していた。

そんなところへ電話が入った。

涙ぐんだ声で父が

「おふくろが亡くなった・・・」と。

あまりに突然で、驚いた。

父の動揺は少なからず伝わり、あまり長く話さず、

通夜と葬儀の予定を聞き、電話を切った。

体の異変はこれもあったのか。。。

何が起きたのかと目を向けている家人に事の次第を伝えて、ぼぉ~っとしていたら、

「お祖母ちゃんに意識を向けて、話してみろ。」と言われ、重い体を横にして、目を閉じ、

祖母に意識を向けてみた。

姿は見えないけれど、近くにいる感じがした。

そう感じたら、数年前に帰省した際、膝を怪我して入院していた祖母をお見舞いに行った時のことが脳裏に映し出された。

「あんたは寄り添ってくれる子だった。」

「あんたたちには何もしてやれなくて、ごめんね。」

という言葉が浮かんできた。

一気に涙があふれた。

その言葉で、自分でも気づかないところにあった心の閊えが降りた気がした。

幼少の頃から父方の家族の集まりを見て感じていたこと、その中での祖母の存在、いろんなことが絡んで、自分でも気づかぬうちに心のどこかに閊えができていたらしい。

ひとしきり泣いて、祖母との別れを済ませた。

駆けつけてあげることは出来なかったけど、こうやって感じ、受け取ることができたことで

私なりのお見送りができたように思っている。

気づくと、体の重みはずいぶん楽になっていた。

今も、この日の事を思い出すと涙はあふれそうになるけれど、心の閊えはもうない。

ありがとう、おばあちゃん。

そして、長い人生、お疲れさまでした。

断捨離と心の隙間

断捨離

要らないものを捨てて、新しいものに入れ替える。

心も同じ。

要らないものは捨てて、新しい風を呼ぶ。

自分を変えたいなら、まずは環境から。

引越しするのもいいし、部屋の要らないものを捨ててスッキリするのもいい。

心がいつもパンパンになっていると、

何かをする余裕すらなくなって、

気落ちしてしまいます。

まず、段ボール箱を二つ用意します。

いるもの、いらないものを入れるためです。

そして、部屋の中をゆっくり見まわしてみましょう。

部屋のモノ、一つ一つに「ありがとう」って言ってみましょう。

そして、不要となっているものを手に取って、

もう一度「本当に、ありがとう」と言って、不要もの

長い間、あなたの存在をあなたとしてくれた事に感謝しましょう。

『私、新しくなるから、他の誰かを見守ってね』

いらないものがいっぱいになったら、売れるものは売りましょう。

分別の目安は、半年間触ってないものは、およそ不要です。

中には、思い出の沢山詰まったものもあるでしょう。

少し考えます。

その思い出、今のあなたに、これからのあなたに必要ですか?

思い出も大切な記憶です。

でも、その思い出にすがっているなら、手放しましょう。

何年も触ってないギターやオーディオ類。

 

洋服関係。

頂いたもの。

ずーっとタンスや押し入れに眠っているもの。

モノは使ってあげないと、モノとしての役目が果たせません。

心の中に在るものも、同じこと。

黙って、押し殺してきた自分の思い。

怖くて吐き出せなかった自分の思い。

大事にすると言っておきながら、ほったらかしの思い。

部屋を片付けていく間に、きっといろんな思い出も顔を出します。

みんな抱きしめて、感謝して、時に謝罪して、解放してあげましょう。

そこにあったものは、

ずーっとあなたを見守って、あなたの存在を明らかにしてくれました。

感謝とともに手放しましょう。

捨てるものには、軽くお塩を振って、浄化してからね。