限界を超える

限界を超える

「もう限界だ!!」

そう宣言した瞬間から、それが限界になるものなのです。

私は、学生時代に部活でバドミントンをやっていました。

週に3日は、10㌔マラソンをし、300mある坂道を10回もダッシュし、うさぎ跳びで3往復する。

今考えると、とんでもない練習量でした。

入部初日は、10㌔マラソンの日。

走ったこともない距離に挑戦して、何度も「限界」を迎えました。

その後も走るたびに「限界」はやってきます。

ある日、その限界を迎える前に、何かの拍子で限界を抜けてしまった。

「限界」があるときは走ることが苦痛で仕方なかったけれども、その瞬間から走る事が楽しくなった。

10㌔をおよそ40分程度で走れるようになって、より早く走るように意識したものです。

「限界」は、筋肉を硬直させ、意識を弱くし、諦める方向へと導きます。

突破したのちは、筋肉を和らげ、意識を強くし、挑戦していく方向へと切り替わりました。

 

今できることを超える

限界は自分で設定しないかぎり、迎えることはない。

諦めない気持ち、挑み続ける勇気、超えた先を見る覚悟・・・。

これを成したものだけが味わう『進化』の向こう側。

学生時代の経験が、後の自分にとってとても重要であったのです。

為せば成る。その自信が今の自分の温床になっている。

 

できないことは何もない

その瞬間「限界」を迎えたとしても、挑戦し続けることで必ず突破できる。

意識のことも同じだ。

自分の意識範囲に限界を定めているうちは、その範囲を超えることはない。

 

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あらゆる浄霊やヒーリング、カウンセリングに携わってきて、無理かも・・・と思うことは何度もあった。

何度か諦めたこともあった。

残ったものは、「心残り」「後悔」。

こうしておけば、あ~だったら・・・と、何度もリフレインしては、苦しい思いをしたものだ。

そのたびに、次こそは!!と奮い立たせる。

何度も限界を突破していくと、そもそも「限界」がない事に気づく。

無力な自分を認めることなく、それでいておごることなく。

やがて大きな自信とともに、大きな存在に気づいていく。

 

それが「魂」

より大きく意識していくと、届くところがある。

それが「母なる存在」

あらゆるものを癒し、愛しかないその存在は、まるで母性の塊のようなモノ。

どんな存在も慈しみ、どんな在り方も否定されることなく、ただ受容して、ただ愛する存在。

 

まるで壁のように感じる「限界」は、自分が勝手に作り出す幻想でしかない。

自分を失うかもしれないという「恐れ」が生み出している幻想。

この壁を突破出来たものだけがたどり着くところがあるのです。

そこに立って世の中を見てみると、大きな球、小さな球が入り乱れて、互いをけん制し合っているように見えます。

大きな球に取り込まれる小さな球があったり、小さな球に破壊される大きな球があったり。

大きな球に寄り添う小さな球の集合体があったり。

まるで宇宙に散らばる星たちのようです。

 

それぞれがそれぞれの限界を定めているように見えます。

と、同時に限界を超えようと挑戦し続けるものと、諦めてしまったものがハッキリ見えます。

 

神なる存在は、その光景を見ている

時間も空間もごちゃ混ぜになったような混沌とした世界の中で繰り広げられているせめぎ合いの中に、母なる存在は、その光景を受容して、より成長できるようにと「愛」を注ぎ込む。

『限界突破し続けると愛しかない』

人の限界は「死」を超えることなのかもしれないよ。

死の向こう側には、自分が無くなるのではなく、偉大である自分が居るだけだ。

限界、超えてみようよ。