インドに訪れた際に、聖者に言われた一言を思い出した。
聖者は物質化なることをいとも簡単にする。
何もない所から、指輪だったり、ビブーティ(聖灰)を出したりする。
私は、聖者に尋ねた。
どうやって、物質化するの?
『マザー・ディバインと会わねばならない』
聖者はそう言った。
マザー・ディバインとは
マザーは、この宇宙の全ての魂にとっての母親です。
彼女はどんな宗教にも属していません。
マザーは宇宙を司る神/ 女神です。
そう聖者は説明する。
当時、何も知らない私にとって、マザー・ディバインという言葉すら未知なるものでした。
つい先日、強烈なエネルギーを感じ、身体に不調が現れだした。
大いなる神との接点ができると、なぜか口唇ヘルペスができる。
エネルギーの種類によっては、身体が異常と判断し、免疫系のバランスが崩れる。
良いも悪いも同じ反応になるから不思議だ。
魂の生まれる源=マザー・ディバイン
そう理解するまでに、数年を要し、やっとたどり着いたのか?
よくよくメッセージを解いていくと、パイプラインが出来たということだった。
これより先、マザー・ディバインを見なくてはならない・・・そう感じた。
どうやって見るのかは、肉眼で見るというよりほかにない。
あらゆる生命の中にマザーを見るということなのか?
そういえば、地球の神が起き上がる・・・というメッセージも受け取っている。
そのことにも、少なからず関係してくるのだろうか。
いずれにしても、マザー・ディバインと繋がる接点が出来たのだから、嬉しいというより氣を引き締める思いに近い。
全くの未知に心が躍る
私自身、未知なるものに触れることが好きだ。
また、それを自分の意志で掴みたい願望も強い。
自分の意志で理解し、経験し、手放すことが大事なことだと思っているから。
きっと、教われば早いのだろうけど・・・。
遠回りしてもいいから、自分の手で掴もうとするのです。
マザー・ディバインの事も、言葉としては知っている程度。
マザーが何を意味し、出会ってどうなるかも分からない。
ただ、メッセージにあったことに集中して、意識し、それがそれであるまで意識し続ける。
すると、時間を経て、必ず自分の手元にやって来るのです。
メッセージを受け取ったときは分からなくても、意識し続けることと、プロセスを歩む経験が理解に導いてくれます。
新しい自分になるために
今までのプロセスで経験してきたことを手放すことから始まる。
後生大事に心に置いていても、薄れていくだけ。
既にできることだから、とっとと手放す。
手放したところで、プロセスが無駄になるというわけではない。
既に出来るのだから、心に置いておく必要がなくなるのです。
観念も手放す
それがそれである・・・という観念は、何かを固定化するためになす意識の事。
この世は全てが流動的で、ウネウネした波のようなもの。
観念は、それがそれであるという理解と固定化する道具みたいなもの。
自分の世界を形成するうえで、自分の好きなように世界を見るためにあるものだ。
成長していく過程において、自分で創造した観念、集合意識で創造している観念が邪魔になる場合もある。
例えば、
『タバコは身体に悪いもの』という言葉が世の中に出てきました。
そう思い込んでしまえば、タバコは自分に害をなすものとして観念化され、タバコに触れるだけで具合が悪くなるという反応をしてしまいます。
毛嫌いしはじめ、「悪」とまでしてしまう。
しかし、矛盾していることも同時にあります。
世の中では、タバコは悪いものとしているのに、堂々と広告を出し、新商品が出ました・・・なんて興味を煽ったりする。
観念とは、とても曖昧なものだと思います。
しかし、観念がないと、世界が成立しないのです。
新しい自分になるためには、様々な観念の書き換えが必要になることもあります。
次元を超えた瞬間から、今までの観念が通用しなくなることも多くあります。
マザー・ディバインを見る
私は、そう宣言します。
マザーとのパイプが出来たのなら、マザーも私を認識してくれているということだから。
今までしてきたように、集中し、意識し続けることで必ずマザーは目の前に現れる。
そう信じるだけ。
マザーとの出会いを心待ちにして、意識し続ける。
どんな姿で、どんな形で、どんな感覚で・・・何も分からないけど。
私は、マザーと必ず出会う。