おくされ様~神様

全国津々浦々に八百万の神は存在する。

人によって召喚された神もいれば、自然にその地に在る神もいる。

神社や御神石、御神木などが、人に召喚された神なのだが・・・。

何のためにそこに召喚され、どういう思いを受けて鎮座しているか、昔のことなら知る由もない。

くされ神

© 2001 Studio Ghibli・NDDTM

くされ神とは、人によって穢され、穢れの蓄積によって腐敗してしまっているかのような神のこと。

某アニメ映画でも描かれていました。

ドロドロして腐敗臭を漂わせた川の神様。

川に捨てられたゴミの山を絡めた神様は、浄化され、再び川に戻る。

これは、アニメの世界だけの話ではないのです。

 

 

先日から続く「イザナミ」の試練の中に、腐れ神の浄化作戦を言い渡されています。

全国各地のおよそ300神。

およそが人の観念が生み出す穢れが原因です。

場所によっては、原発やゴミ廃棄場、食品廃棄物、工場の廃棄水、化学薬品などで穢されています。

天災を予防するための呪術的儀式も穢れのうちにはいります。

人柱や要石を使った龍神への呪詛がいい例です。

人の都合で神々を呪詛し、自然の働きを永続的に歪ませてしまっているのです。

人柱は、人の霊魂の力を呪術で結束し、複数人の霊魂のエネルギーの紐で縛り上げる。

要石は、天の龍を地に縛り付け、さらに動けぬよう石のエネルギーで重しをしたもの。

中には、人柱と要石を複合させたところもあります。

 

全国巡業

以前も、このような穢れ祓いをする旅をしたことがあります。

あっちこっちの神社、山々、川や湖、海や岬に赴き、その地の神々と対話し、それを見守っている巫女と対話し、中有界、霊界、天上界、天界との結び直しをしたものです。

ただの旅行のつもりでその地に行っても、必ずカーナビが勝手にその場所を示し、行ってみると腐れ神がいたなんてことはしょっちゅうあったものです。

同じ場所をクルクルと周遊させられ、その真ん中に小さな山があって、頂上に小さい祠があったり。

行くと必ず、穢れ祓いをしていました。

浄化された神々は、怒りもせずにただ「ありがとう」と言ってくれました。

 

神にも役割がある

天災と言いますが、人の都合で出来た言葉でしかないです。

河口付近では、三角州なる肥沃な土地が出来ます。

なぜ肥沃かというと、川が運んでくる山からの恵みが河口に溜まっているからです。

大雨が降って、水量が増し、氾濫することで土地にエネルギーは送られます。

人々は野菜や穀物がよく育つから、肥沃な地を求めて、河口付近に住するようになります。

時に氾濫してしまうと、せっかく育てた野菜や穀物が台無しになってしまいます。

人はそれを憂いて、川の流れを役目とする龍神が暴れ、氾濫するのを止めさせるために呪術を使いました。

河口付近は、氾濫もなく暫くは平穏で豊かな土壌としてありますが、豊かさは長続きしないのです。

折角蓄積した肥沃さは失われ、エネルギーの枯渇した土地になってしまいます。

人はまたそれを憂いて、神々は我らを見捨てた・・・なんて言い出す始末。

時系列で見てみると、呪詛から枯渇するまで200~500年経っていたりします。

 

 

神社参拝で穢れを落とす人々

その神社に鎮座している神の役割をご存知ですか?

氏神、産土神として参拝される方は多いでしょう。

年始は初詣として、参拝しますよね。

その時、どんなことを神様にお願いしていますか?

病気平癒、家内安全、幸せの享受、縁結び、試験合格などなど。

仮に稲荷神社に行っていたとします。

そこで病気平癒の祈願をしていたとします。

お稲荷さんは、五穀豊穣の役割を担っていますから、病気平癒とは無縁です。

八百屋さんに病気を治してくれと言っているようなものです。

そして病気がなかなか治らないと文句を言ってしまえば、それは穢れとなってしまいます。

お門違いなのは人の方なのに、神社に鎮座する神さんは穢れを置いて行かれる始末。

パワースポットが流行って、どこそこの神社が素晴らしいエネルギーを持っているから貰いに行こうという人もいます。

神々は、役割に準じて、エネルギーを生み出しています。

そのエネルギーを横取りして、なおかつ、自分の抱えていた穢れを代わりに置いていくのです。

パワースポットとされた神社は、生み出したエネルギーが目的とは違うものに使われるわ、穢れは溜まるわです。

やがて、誰も来なくなります。

穢れにまみれた神社は、やがて忘れ去られるか、穢れ場として忌み嫌われたり・・・。

 

穢れ神はやがて、くされ神となる

腐敗の役割を担った神もいます。

その主が「イザナミ」です。

イザナミは本来の役割を全うできない神を憂いて、腐敗を取り除くために、創造の化身である人に神託します。

何十万、何百万、何千万の人々の穢れを祓うってどういう事だかわかりますか?

穢れを祓うには、想像が必要です。

どんな汚れをどう落として元のピカピカに戻すか、ヤカンや鍋磨きのようなものです。

汚れにまみれたヤカンや鍋は、現代では安易に捨てる人もいるでしょう。

まだ使えるのに、掃除も磨きもせずに、使いっぱなしに。

『穢れを抱えてくださり、ありがとうございます。』

そんな気持ちで磨くのです。

神様も同じ。

感謝があってこそ、穢れが落ちるのです。

参拝して、願いが叶っても、叶わなくても、「お礼参り」していますか?

『私の願いを聞いてくださり、神々様の御働きに感謝いたします。』

困ったときの神頼みも、叶ったときに御礼と感謝をしていますか?

 

 

くされ神から元に戻る神々

穢れを落とし、すっかり綺麗に元通りになった神々は、何の文句も言わずに元の役割を担います。

中には、埋められてしまった川の神もいるし、削られてしまった山の神もいる。

お祀りされていた祠を失った神もいる。

元に戻りたくても、戻れない神もいるのです。

次にすることは、地には地の、天には天の働きに準じて、再配置の祈願になります。

戻れない神々たちのリクルート作業が待っています。

生かす働きの主は、「イザナギ」です。

人も神もその性質や特性で役割が決まります。

経理が得意な人が営業に向かないのに、営業職を続けていたらどうなりますか?

神も同じです。

家内安全なら、家に派遣される神さんの範疇。

氏神を通じて、家の中に神棚をお祀りして、日々、家内安全を感謝することになります。

病気平癒なら、病を起こす自分の在り方を見直すことが先決ですし、病を治癒する智慧を持つ神「少名彦神」に祈願して智慧を借りるのです。

神々の役割を学んで、しかるべき祈願をするとともに、自分自身を見直す努力も大事なことです。

 

人と自然の調和

今、人と自然の調和が見直されています。

言葉通り受け取って、自然と調和するぞ・・・と意気込んでも、自然の働きを熟知しているひとはどれくらいいるのだろう。

自然の中での人の役割って何だろう。

神々様たちは、調和への風潮に御働きをしてくれています。

その土壌づくりには、今までのツケを解消しなくてはなりません。

最近のニュースで話題になっている数々の天災。

それ全て、神々様の御働きです。

被害にあった人たちもいます。

全部ぶち壊しにされる前に、人々には気づいてほしいのがご神意です。

 

今一度、自分自身を見直すときなのではないでしょうか。

腐れ神を生み出す行為をしていないでしょうか。

感謝を忘れていないでしょうか。

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