統合する

統合する

今日一日かけて、自分と何かを統合してみよう。

統合するとは、ただ一つになること。

自分と川でもいい。あなたと私でもいい。空と自分でもいい。

何の隔たりも感じない、こことあそこすらない感覚を養ってみよう。

 

人はどんな立場であれ、自分とその他の区別をつけている。

家族の中をイメージしてみてください。

自分がいて、両親がいて、兄弟、姉妹がいて、祖父、祖母がいて。

この家族が何の隔たりもなく一つになったらどんな感じなのだろう。

妻がいて、子供がいて、家の中でくつろいでいるときに、全てが統合され一つになったら、どんな感じがするだろう。

恋人がいて、自分がいて、二人っきりで一つになったら、どんな感じだろう。

 

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そこには、なんとも言えない安心感が待っている。

母なるマザー・デバインに抱かれたかのような、心の底から満たされる歓喜が待っている。

自分と他者の区切りが無くなり、比較対象もない。

 

この世の社会は競争だらけ

優劣、勝負、裕福と貧乏、善悪・・・二元性の理の中では、常に起きている比較、競争。

その渦に巻き込まれて、常に気を張っている状態では、ストレスは溜まり、感覚は乱れ、強い力に巻き込まれ、弱い力はかき消される。

それもこれも、実は自分自身を試す機会が与えられているに過ぎない。

必死になって、汗水たらして働いて、僅かな賃金で日々を暮らす。

裕福な家庭に見えても、社会の喧騒の中で勝ち取ったものは、いったい何なのだろう。

貧富の差に関わらず、人は似たような悩みを持っているものだ。

 

全てが統合され、たった一つになる。

魂の真の目的は、神への回帰。

統合する意識には、自分と自分以外という感覚すらなくなる。

その感覚で、目の前の人を見た時、果たしてそこに居るのは誰なのだろうか。

かつての自分?

これからの自分?

 

完全に統合された瞬間は、「今」という現実の中にすべてが存在する。

それ以外は何もないのです。

 

存在している意識は、全てが同時に瞬間の中に生きています。

完全に統合された意識は、宇宙の源のそれと同じ。

人の源も、それと同じ。