ここ最近は、ハードな仕事続きでした(笑)

いろんな方と出会い、いろんなお話をさせて頂くのですが・・・。

どうもスピリチュアルは特別視されてしまう傾向がまだ強いようなのです。

スピリットの世界観と、現実の生活と何がどう違うのか。

私も以前は、特別視派でしたけど、年を重ね経験していくうちに、分かったことがあります。

 

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スピリチュアルな暮らし

人の世界観は、観念やら価値観によって本当に様々だと感じます。

スピリット(魂)に気づいて、自分の本当だと認めた人と、そうでない人は何が違うのでしょう。

〇自然の流れに従って暮らせるか、そうでないか。

〇時間や空間の観念に囚われるか、囚われないか。

〇アイディアの生まれ方。

〇思ったことが叶うか、叶わないか。

〇抵抗するか、統合するか。

などなど。

私は思うのです。

スピリチュアルな暮らしをぶっちゃけて、細かいことは抜きにして言うと、

『自分を愛する生き方』だと。

それが、大切なことなんだと。

それが根底にあれば、あとは自分の範囲をどこまで広げられるかになってきます。

よく聞かれること

「スピリチュアルになると、どうなりますか?」

未知の世界として、どんなものなのか皆が知りたいことでしょう。

どうなるかは、ハッキリ言えば答えられません。

自分の世界は、自分でしか創造できないものですから。

ただ一つ言えることは、スピリチュアルな生き方は、『充実している』とだけ。

いろんな出来事、いろんな人々を通して、考え方、思い癖、インナーチャイルド、心理的要因などに気づいていく・・・。

やることは山ほどあります。

そして、今までとは違った見え方になる連続が、止めない限り永遠に続くということ。

愛すること

「愛する」を定義するのは、とても難しいです。

愛という言葉はあふれていますが、その本当を語れるものは多くはないと思います。

私自身、まだまだ愛の広さ、深さ、厳しさ、優しさを模索しています。

例えば

会社をクビになり、一文無しになって、放浪生活になった。

とても不幸ですよね。

それも、「愛」だと言える人はどれだけいるでしょう。

恋人にフラれ、孤独感に苛まれ、寂しくて仕方なくなった。

それも「愛」だと言えるでしょうか。

仮に、これを読んだ方の中に、不幸を根に持っている人もいるでしょう。

それを「不幸」だと、決めているのは誰でしょう。


大きな観点からすれば、人生の中の数ページが、その状況にあるだけです。

その大きな観点を持つ在り方も、「スピリチュアルな生き方」になります。

愛は、どんなオーダーにも応えます。

自分が自分に何を求め、どう在ろうとするかは、自分自身で決められること。

どんな苦境にあったとしても、「諦めない心」を自分にオーダーすれば、必ず展開が変わります。

どんな幸せにあったとしても、「幸せにする心」を自分にオーダーすれば、周囲も幸せになります。

自分が自分にどんなオーダーをしているかで、結果は変わります。

自分にしたオーダーは、そのまんま「宇宙」に託されます。

宇宙は愛そのもの

どんなことにも応えてくれますが、落とし穴があります。

自分で気づいていない自身の一面が望んだこともオーダーに含まれるということです。

だから、内観することを薦めています。

幸せを求める反面、不幸を求めてしまう自分がいる。

認めることを求める反面、否定を求める自分がいる。

どんな場面にも、どんな自分にも「二元性」に縛られた観念があるものです。

ですから宇宙は、どちらにも応え、同時に起こしてくれます。

それが「宇宙の愛」です。

 

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全て現実に当たり前にある

スピリチュアル=目に見えない何か・・・それは極一部だけ切り取った考え方です。

目に見えていようが、見えてなかろうが、全て現実にあります。

あらゆるものは、二元性に縛られている・・・という観念を少し変えて観ましょう。

あらゆるものは、1つのものから2つに分けられている。

だから、1つのものに私は居よう。

これを「ワンネス(oneness)」の生き方と言います。

お釈迦様も推奨している中道の在り方です。

ズバリ言いますと『どっちもあり』

どっちもありと認めたうえで、こっちと決めるのと、

どっちか一方しかありじゃないという見方では、自分の選択権の行使力が違います。

前者は、自分の意志で決めていますが、後者は、偏った観念に縛られ思い込んでいるだけかもしれません。

自分らしさは、どっちにあるでしょう?

スピリチュアルは特別な世界ではない

上記に書きました感覚を受け入れるか、否かですよね。

それも現実にある!!と認めるだけです。

考え方、思い方、価値観、観念・・・言葉は沢山あって、ややこしいのですが・・・。

単純に言えば、

あらゆるものを受け入れた上で、自分の意志で選択する

受け入れることは、それがそれであると認めることです。

みんなが、社会が、一般的には・・・というものを除外して、「ただの自分」として選択することは出来ます。

その方が、自分らしい生き方が出来ますから。

言ってしまえば、社会生活とスピリチュアルを分ける必要はないのです。

むしろ、生活の中にスピリチュアルが溶け込んでいるほうが、格段に充実さは違います。

スピリチュアル・マネジメント・カンパニー

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